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2015.10.15

デザイン・フィクション 熊野森人さん

このコーナーでは各分野で活躍するいろいろスクールの講師の方々に、実際のお仕事の話や講座のポイントなどをお伺いしていきます。

今回お話を伺うのは「デザイン・フィクション」の講師をつとめるeredie2代表取締役 / クリエイティブディレクターの熊野森人さんです。

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こんにちは、宜しくお願いします。

熊野:宜しくお願いします。

熊野さんの普段のお仕事は?

熊野:広告の仕事をしています。そのほか9年前から京都精華大学などでも教えています。

前回、いろいろスクール第1期では「プランニング/ブランディング/ディレクション講座」を受け持っていただきました。今回は「デザイン・フィクション」ということで、少し耳慣れない言葉ですが、どういう内容なのでしょうか?

熊野:前回はビジネスに転用できる内容にしようと考えて講座を組んだのですが、業種やポジションなどそれぞれ異なる背景をお持ちの受講生の方に、一概に同じルールが当てはまらないなということがあって。そこで今回はもっと根本的な「考え方のルール」のようなところをやりたいと思ったんです。

今回の講座の第1回目は「解像度を上げる作業」。
例えば、旅行に行くとして、以前に行ったことがあるところの場合だと「前に行ったところにまた行きたい」とか「行けなかったところや新たに話題になったところに行ってみよう」って、2泊3日だとすると1日目は何をして、2日目には何しようと、具体的なことまで頭の中に浮かびやすいですよね。ところが全く行ったことのない場所だと、まずその時点で「行こう」と思いにくい。
でも行ったことのある場所と同じくらいのイメージとか知識量があれば、きっとそこにも行こうっていう気になると思うんです。

確かに、好きな小説の舞台になっている街なんかには行ってみたくなりますし、実際に行ったこともありますね。

熊野:つまり想像力のディテールがすごくはっきりしていると行動に移せる。抽象的なきっかけをたくさん持っていても行動には移さないと思います。「いいなぁ」とずっと思っていても、それを「手にしてみよう」とか「やってみよう」という話にいかないんじゃないかなと思います。
旅行の例がわかりやすいんですが、あまり知識がない所より、より知識があるところのほうに行ってみたくなると思うんです。例えばイタリアとフランスという候補があって、フランスのことは何となく色々知っているけれど、イタリアの方は漠然とした憧れはあるけどもあまり良く知らないし、ローマがどこにあるのかもわからないという状況だと、多分フランスの方を選び易い。

それは色んなことに当てはまるんじゃないかと思っています。
もっと抽象的なこと、例えば慈善活動とか、地域にとって良いことしたい、私の会社でなにか役立つことがしたいというとき。
それを進めるためのプロセスとか、それをやって本当にいいのか、というところは多分誰も教えてくれないですし、選択肢も無数にあって、何が本当に役に立つのかもわかんないけど、それをただ悶々と考えているだけじゃ前に進めなくて、結局何もアクションせず終わってしまう。
何かしら取捨選択をして進めていくってことは、Aはわかんないから止める、じゃなくて、AもBもCもDもこうなるに違いないという仮説ができて、そのなかで、Bを選ぶとか、Cを選ぶとかって話になると思うんです。その仮説の解像度がAもBもCもDもモヤモヤしているとどれも選べないしどこにも進めない、その状況がきっと良くない。ならばそれを具体的にどういう手順を踏めば、その選択肢の中ならひとつを選べるのか、もしくはどうすれば「何となくやりたいな」とか「何となくできるんじゃないか」って思っていることを、実際に「できる」ステップに持っていけるのかというのが今回の授業です。

解像度を上げるというので、例えばこのお店のメニュー表は、3枚の茶色いザラ紙が木製の小さなピンチクリップでまとめられていて、レイアウトは1種類の明朝系フォントが使われていて級数は2種類、そして太さ違いの2種類の罫線という要素に分解できますが、そういう風に要素を分解して見られる人って実はすごく少なかったりします。
多くの場合、何となく全体を見て「おしゃれなメニュー」って言っちゃう。でも、この木製のクリップが水色の洗濯バサミになって、茶色いザラ紙が白いコピー用紙に変わると、あとは同じ要素であっても「これはおしゃれじゃない」と言う。
つまり、おしゃれの要素にこのレイアウトは関係なくて、紙の素材と木製のクリップだけだった、というようなことは割とあったりすると思います。 それがわからないと、なんか全体まとめておしゃれなカフェ、となってしいますが、分解できるようになると、物事の構成の仕方って全部ルールがあるというのがわかりだす。
全部ひとまとまりの情報と思いがちだけども、実はおしゃれな要素ってこれとこれしか無い、とわかりだすと、「あ、そういうことか」と。全てがおしゃれな訳でなくても、目に付くものだけおしゃれにしておけば人は「おしゃれだ」と思う、笑。

笑、それはよくわかります。

熊野:そのルールがわかりだすと、もっといろんなものを構築しやすくなっていく。
自分がやりやすい方法や、素敵だと思うことのルールがわかって、そのルールを押さえていくと自分の満足値が高くなっていく、もしくは客観的に見て自分を褒めてあげられる率が高くなる。
素敵なもの、自分の好きな物って、ディテールの積み重ねによってできているんだと思います。
自分が「何となく好きだな」って思っているものを並べて、共通項を見いだし、自分の好みを細かく把握しておいて、それに当てはまるものを選んでいけば物事をスイスイ決められるようになります。
それがわからないと「何となくこっちの高い方が良いかな」「何となく良く見えるけど、どんなんだろう、でもこっちの安いのも良いっちゃいいし…」みたいに悩んで、結局値段だけで選ぶことになってしまったり、なんとなく気まぐれで選んでしまって後で後悔する、といったことになってしまったり。 選ぶ時にどれだけ細かくイメージできるかで、結果が変わってくるということがあります。

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なるほど。解像度が上がるといろんなことが良い結果に繋がりやすくなりそうです。そして講座の第2回目「ひとの動き」とはどんな内容でしょう?

熊野:これは割とマーケティングに近い、行動導線のことを言っています。
例えば、先ほど出た慈善活動をするとして、自分だけじゃなく他の人も巻き込んでアクションを起こしていくというときに、自分ならこう動くけど、他の人はどう動くか、ということを想像できるかできないか。ある程度まで解像度高くイメージしたものがきちんとワークするかということを頭の中でシミュレーションできるかどうかというところです。
それは視点をいっぱい持つということですが、それができないと何かアクションプランを作ってもきちんとワークしない。
自分にとっては面倒くさくない作業であっても、他の人にとっては面倒くさい作業かもしれないし、自分は高い「志」だけで動けるけど、他の人はもうちょっと具体的な報酬、例えばご飯をもらえるとか、お金がもらえるとか、何か褒められるとか、というプロセスがないと動かないかもしれないということが考えられるかどうかということ。何をどうすればお互いにとって良い体験になるだろうと想像するのとしないので、出来上がるものがまるで違う。
そういう行動導線まで考えて初めて、良い枠組みのものって作れるんじゃないかということをお伝えしたいと思います。

それで、これをどう講座のタイトルにしようかと考えている時に出会ったのが「デザイン・フィクション」という言葉です。
サイエンス・フィクションの素晴らしい所って、それが実現できるかどうかはともかく、未来って多分こういう風だろうという仮説で成り立っていることだと思うんです。
20世紀ってすごくSFが流行って、例えば1970年とか80年くらいに想像された未来の世界って、反重力のシステムができて、高速道路は透明のチューブになっていて空飛ぶ車が走っていたり、ドラえもんみたいなロボットがいたり、そういうイメージ。
そこから時代は変わって、未来って夢のようなテクノロジーでできている国じゃなくて、戦争もまだずっと続くだろうし、どんどん環境は破壊されていくだろうし…と問題が複雑化していくイメージに変わってきた。その中でもテクノロジーだけを大事にするんじゃなくて、緑を守るとか、環境汚染に取り組むだとかそういうところは多分21世紀に出てきたイメージですよね。

でも20世紀は環境がどうとか全然言われてなくて、とてもぶっ飛んだ未来ばかり描かれていた。
実はその頃から「超未来」っていうイメージってあまりアップデートされていないと思うんですよ。反重力システムを超える、何か「凄い未来」ってあまり出てきていない気がしていて、だから今でも遠い未来って言うと、何となく20世紀に描かれたようなイメージが頭の中にある気がします。

今はイメージが現実的な方へ、現実的な方へと向かって行っていて、僕たちが生きている間って、大きく可能性が広がるような未来が訪れるというよりは、どっちかというと可能性は狭まっていって、住みにくい世界になっていくというような未来が待っていそうだと思ってしまう。
それはイメージを作る人の責任なんじゃないのかなと思っていて。
もっと夢物語みたいな未来のイメージがいっぱい出てくると、人の感覚ってどんどん変わるんじゃないでしょうか。
それがフィクションであれ、ノンフィクションであれ、もっと明るいことや楽しいことをいっぱい提唱する人が出てくると、もっと希望が持てるんじゃないのかなという風に思っています。
今あるデータをもとに「多分、数年後はこうなっているでしょう」「20年後はどうなっているでしょう」という話だけすると、とても閉鎖的な未来になってしまう。だからもっとこう、イメージを膨らませて「これが多分こうなるぜ」「こうなったら面白いぜ」という仮説を立てまくって、解像度を上げたイメージを色んな人と共有できるってことが大事。イメージできない未来は、来ないので、イメージした者勝ちで、未来っていうのは作られていくんじゃないのかなと。

その意味で建築の業界は進んでいて、都市計画とか見ると「なんじゃこれ」と驚くものがあったりする。例えば、人と自然と街がどのように共存できるか考えた結果、森とビルが一体化したプランになっていたり。そういったプランはクリエイティブをはじめ他の業界でもあるのかっていうと、まだあまり無いんじゃないかと思います。
ユーザビリティに特化したとか、人が使いやすいというような「今」を起点とした考え方だけではなくて、もっと「未来」を起点とした考え方があっても良いんじゃないでしょうか。データ、データって言い出してしまうと、そのイメージの幅がどんどん狭まっていって、あんまり面白くない、「まぁ、そうだよね」っていう結果にしか結びつかないんじゃないかな。それはあんまり宜しくない。

「デザイン・フィクション」は明るい未来をイメージするための講座ですね。

熊野:そう、それがパーソナルな未来でも良いし、政治家みたいにもっと多くの人を巻き込んだ未来でも良いと思いますし、その規模は全く限定しないのですが、何かしら良い未来に進んでいくためには、もっともっとイメージの解像度を上げていかないと。もっともっと「想像」と「妄想」をしないと全然駄目なんじゃないのかなと思います。
その「想像」と「妄想」というのも単にモヤモヤ考えるんじゃなくて、きちんとしたルールを見つけながら考えていくと、現実になり得る確率が高まっていくんじゃないかって考えています。

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